近年、ますます若者たちが夢や志を持たなく(持てなく)なってきているように思う。
そこには、社会の仕組みや環境など様々な要因があるだろう。
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さて先般、代理店の20代若手社員から、こんな質問を受けた。
「社長さんにとって経営とはなんですか?」
私は即座に「三方良しの実現」と答えた。
続いて「経営は楽しいですか?苦しいですか?」と質問があり、
「苦しい事の方がほとんどだけど、経営というプロセスが好きなんです。それと、志の貫徹」と答えた。
「好きだという事は理解できますが、社長の志は何ですか?」と問われた。
39年前、私が17歳の時に東建コーポレーション(株)の左右田鑑穂社長に出会い憧れて、左右田社長のような経営者になろう!と思ったことが志だと答えた。
すると、「みんなから夢を持ちなさい、志を抱きなさい、とよく言われますが、僕は夢も志もありません。取り敢えずは毎日、自分の稼いだお金でご飯を食べる事と仕事を休まない事です」と返って来た。
その答えを聞いて私は彼に充分な伸び代を感じた。志は何も立派なものである必要はなく、「こうしようと心に決めたこと」が志なのだから、
「君は一番の基本である自分の金でご飯を食べる事と仕事を休まない事という志を持つことが出来ているじゃないか!」と言った。
すると「夢や志はもっと大きな事だと思っていました。」と返ってきた。
「大きな夢や志を持つことは大事な事だけど、基本がしっかりしていないと、いくら大きな志を持っていても只の夢物語にしかならない。基本を継続しながら人生を進んで行けば、
その道すがら、これぞという志が見つかるかもしれない」といった内容の事を私は答えた。
20代の彼が言った「毎日、自分の稼いだお金でご飯を食べる事と仕事を休まない事」というのは、生きて行く為の基本で、これを毎日継続していても褒められことも無い。社会人なら当たり前のことだからである。しかし、この当たり前を継続し続けることは全然簡単ではない。しんどい。
私も過去に何度も、仕事がしんどくて、この基本を継続する事に心折れそうになった。その度に踏ん張り続けて軌道を元に戻したが、56歳の今であっても経営をしている限り不安がゼロになる事なんてないし、責任やリスク、不条理や葛藤にもさらされる。しかしそうした負の物全てを常に心に内包し共存しながらも、諦めず継続して行った先にこそ、今よりも少し良い未来があるのではないだろうか。