会社の近くに墓地がある。
ご先祖さまのお墓がそこにあるので、休日には、よくお墓参りに出掛ける。
その墓地の隣地は大きなグランドで、学校が休みの日には、野球をする少年達や、指導者、保護者たちの姿があふれている。
そのお墓参りの途中、感動して涙が止まらなくなる情景を見た。
私がお墓の水汲み場で、バケツに水を汲んでいる最中、
野球のユニホームを着た小学校3~4年生くらい少年が、泣きながら走ってきたのである。
どうしたのだろう?と思って見ていると、私と目が合った少年は、
「おっちゃん、助けて!」と言うのである。
変質者でも出たのかと思い、咄嗟に持っていた草刈用のカマを片手に緊張が走ったが、
その後、間髪を空けず2~30m後ろから姿を現し追いかけて来たのは、少年と同じ野球のユニホームを着た中年男性であった。
私自身も小学生時代からスポーツを続けてきたので、状況は瞬間的に理解できた。
この少年は何らかの理由で、練習途中で逃げ出したので、コーチが追いかけてきたのだろう。
私が何かをする間もなく、コーチが少年に追い付き、襟首を掴み、叱責が始まった。
襟首を捕まれてなお、泣き叫びながら逃げようとする少年と、大声で叱るコーチ。
この情景を、子供の頃から私は何度見てきたであろうか!?
自分の少年時代とも重なり、次第に懐かしい気持ちが込み上げてきて、目が離せなくなった。
モンスターぺアレントという言葉が浸透しだした頃から、私が子供の頃は当たり前だったこのような原風景は、もうほとんど見ることがなくなってしまった。
保護者の過敏で過剰な反応を怖れて、このように子供を全力で叱れるコーチも少なくなってしまった。
残念な世の中になってきたような気がする。
しかしこの話には、まだ続きがある。
実はコーチの後に続いてもう一人、少年を追って来た人物がいた。
40代ぐらいの女性で、きっと母親であろう。
その女性は少年が怒られている間、一言も発せず息を潜めて二人を見守っていた。
3分ほどで叱責が終了し、コーチは少年に
「涙を乾かしたらグランドに戻って来い」というような事を最後に言うと、立ち去った。
二人になると母親は、涙をこぼす息子に近づき、何も言わず抱きしめた。
泣く子を抱きしめながら、母親も一緒に泣いていた。
しばらく二人で泣いた後、母親は息子の手を引いてグランドの方へ去って行った。
その母と少年の姿が、亡きお袋と自分の少年時代と重なって、恥ずかしながら墓の前で、私は涙が止まらなかった。
私が見た一連の情景は、時代の価値観の変化に伴い、今の時代においてほぼ忘れ去られてしまった原風景、しかし実は一番理想的なコーチと保護者と子の姿ではないだろうか!?
母親はコーチを信頼して我が子を託し、コーチは責任感を持って少年を預かっているからこそ真剣に全力で叱る。
コーチは情熱で少年を引っ張り上げ、母親は愛情で少年を下から支える。上から叱責されながら、下から慰められながら、その両方の手に助けられながら、少年は高い壁を乗り越えて行く・・・
そんな胸に焼きつく素晴らしい情景であった。