十数年ほど前のことだが、ある日突然、社員が理由も告げずに退職していったことがある。
社員の数が少ないうちは私が面接を行っていたのだが、その頃にはもう幹部社員採用の面接以外は、各現場の責任者に任せるようになっていた。
だから私は前記の社員のことは履歴書に書かれていることぐらいしか知らないまま、そして、ろくに話しも出来ないままに、彼は退社して行った。
恣意的な理由で退職していくのなら、それは仕方のない事だ。まさに憲法で保障された「職業選択の自由」である。
しかし仕事内容や人間関係もしくは組織全体に何らかの瑕疵があり、それが退職に至る原因であるならば大きな問題である。
彼がある日突然退職した理由は何だったのだろうか?私が、もっと気に掛けておくべきだったのだろうか?と反省もしたが、アンテナを張り巡らせるにしても限界があるし、社員全員と向き合えるほどの時間もない。
私に何か訴えたいことや、相談したいことがあったとしても、私が慌しくしている時は声をかけづらいだろうし、工場によっては、何日も顔を合わさない社員や、パートやアルバイトに至っては、ほとんど顔を合わす機会すらない人もいる。
そこで考えた末、この件のすぐ後に「社長直行便」というポストを設置した。
今ならEメールで良いだろうが、その当時は現在ほど普及していなかったので、誰でも投函出来るようにポストにした。
ポストの鍵は私しか持っていないので誰に遠慮することなく、会社の問題点や改善すべき点、相談、提案、私に対する意見など、どんな内容の事でも書いて投函出来るようにしてある。
無記名でも可であるし、構えず、休憩時間に投函出来るように、屋外にある喫煙スペースの横に設置してある。そこには自動販売機も置いてあるので、タバコを吸わない人でも皆が行き易い場所だ。
経営者は会社組織の全体を包括的に、かつ危機感を持って見渡し、全てに渡り細心の注意を払うことを常々から要求されるのである。
おまけに私は元来から不安症であるが故、常日頃はもとより、突然社員が辞めるなどのように何か想定外のことが起こったときには、より一層に不安に駆られて、もしかしたら、社内に問題が在ったのかも・・・?適材適所に配置することが出来なかったのかも・・・?などと、あらゆること事を推測してしまう。
たとえ小さな問題でも放置していると、中小企業はその脆弱性から「アリの一穴でも堤は崩れる」のである。
アリの一穴(弱点・欠点・盲点)は、どこの会社にも誰にもある。
しかしそれを改善しないまま放っておけば、穴はどんどんと大きくなるだろう。
そして最も恐ろしい事は、穴が開いていることに、いつまでも気付かずにいることだ。
私は不安症ゆえ、アリの一穴であってもいち早く気付きたい。
そう思って十年以上前から社長直行便を設置している。
しかし一番最近入れられて手紙は「会社で花見をしたいです」であった。笑