その昔、ある人に言われた言葉が忘れられない。
少年時代、私には一回り年上の「吉川のアンちゃん」という兄のような存在の人が居た。
スポーツマンでボクシングが得意で相撲も強かった。
吉川のアンちゃんはボクシングをはじめとして、色んな事を教えてくれた。
良い遊びも悪い遊びも教えてくれるカッコイイ年上のアンちゃんであった。
中学生時代のある時、地元で数日間お祭りが開かれる事になり、屋台を出すことになった。
吉川のアンちゃんも屋台を出すというので、私ももちろん一緒に手伝うことにした。
焼きそばの屋台を担当する事になったので、アンちゃんに教わりながら、屋台を設営したり、荷物を運び入れたり、キャベツを切ったりした。そばの焼き方も教えてもらった。
アンちゃんは焼きそば屋だけではなく、他の屋台も手伝いに回っていたので、私がほぼ店主だった。その事が中学生の私には嬉しくて、誇らしくて、張り切って大量の焼きそばを焼いて準備した。
けれども何故か私の屋台が繁盛する事はなかった。はっきり言って全然売れなかった。
時間が経つにつれて気持ちも沈んで行き、心が萎えてしまった。
そんな落ち込んでいる私を見てアンちゃんは、「何をクヨクヨしてんねん!アカン時には下を見ろ!」と怒った。「あの綿菓子屋なんか、もっと売れてないぞ。それにな、今日より売れんかった時なんて今まで何回もある。」
アンちゃんの、その言葉を聞いて私は少し救われたような気がした。
翌日は、どういうわけか次から次へと焼きそばが売れた。嬉しい悲鳴を上げながらソバを焼き続けた。
用意していたキャベツもなくなり、ようやく人が途切れた時、私は「今日は沢山売れたし、もう屋台閉めてもいいんちゃう?」と言うと、アンちゃんは「イケてる時には上を見ろ!あそこのお好み焼き屋は、もっと売れてるで!」と言って、私にキャベツを買って来るように言いつけた。
上ばかり見ていては、息切れしてしまうし、自分が上手く行ってない時には落ち込んでしまう。
下ばかり見ていては、進歩出来ないし、向上心が芽生えない。
アカン時には下を見て腐らないように踏ん張って、イケてる時には上を見てもっと頑張る。そういう姿勢をアンちゃんに教えてもらった。
私が、この言葉をふと思い出す時は、実はイケてる時よりアカン時の方が多かった。
「上を見ろ」も「下を見ろ」も言葉を変えれば、視線を「自分」から「外の世界」へ移せと言うことだ。上手くいかなかったり、失敗したりして落ち込んだ時、または恥をかいてしまったり、恥をかいてしまうかも・・・と緊張した時には、自分以外の外の世界に考えを巡らせればいい。
凡人のあなたが犯すレベルの失敗や恥ずかしい失態は、現在過去の何千人、何万人が経験したありふれた事だ。とんでもないレべルの失敗なら大いに落ち込むべきだが、そうでないだろ?それに、あなたより、もっともっと悲惨な失敗をした人たちは、数え切れないぐらい居る。
そういう風に考えると、どんなに落ち込んでいる時でも元気が湧いて来て、また前向きな気持ちになって進んで来られた。
私にとってアンちゃんのこの言葉は、魔法の言葉なのだ。